chapter 5-5. 木槌で頭を叩かれているような感じ

評論もたくさん書いてもらったが、ファンレターもたくさんいただいた。 まるで旧知の友人のように、見知らぬ方からの手紙を受け取ることになった。 それ以来、視聴者はポワロのどこに惹かれているのだろうか、と考えるようになった。 第一シリーズの反響は、…

chapter 5-3. 木槌で頭を叩かれているような感じ

シリー諸島で過ごした夏を思い出していた。 その時、Geoffreyは言った。 「ポワロは君の人生を変える」と。 だが、まだそんなに実感していなかった。 1989年1月の月曜、私はまだまだ疑心暗鬼だった。そうはいっても何も変わりっこない、と思っていた。 翌日…

chapter 5-2. 木槌で頭を叩かれているような感じ

シェイラにきいた。 「どう思う?」 「素敵だと思うわ」と彼女。 「もちろん、あなたもね。このドラマは成功すると思うわ」 だが私は彼女の言葉を信じていなかった。 私がメインキャストを務めたドラマとしては「Blott on the Landscape」が先に放送されてい…

chapter 5-1. 木槌で頭を叩かれているような感じ

家族そろってクリスマスを迎えた。 ロバートとキャサリンはまだ幼く、私の両親もシェイラの母親も存命だったので、にぎやかなクリスマスだった。だが、私は心の中でポワロのことばかり考えていた。 体は疲労から回復しつつあったが、視聴者の反応が気になっ…

chapter 4-6. 退屈、とか、一般受けしない、とかそんなことにならないだろうか

ポワロを演じていると面白いことの一つに、マナーや常識が現代のそれとは違うことがある。不必要で明確なッドシーンはなく、アルコール依存症もおらず、恐ろし気な探偵もいない。 ポワロが生きている世界は、今よりずっとシンプルで、人間味にあふれている。…

chapter4 -5. 退屈、とか、一般受けしない、とかそんなことにならないだろうか

このドラマシリーズに参加してくれたSuzanneや、他の俳優たちは皆、ドラマに出演することを心から楽しんでくれていた。 皆、子供のころからポワロに親しんでいたようだった。私はこの仕事を引き受けるまで知らなかったというのに。ただ私は日を重ねるごとに…

chapter 4-4. 退屈、とか、一般受けしない、とかそんなことにならないだろうか

「4階の部屋」ではポワロは体調を崩し、退屈しきって不平を言っている。 ポワロが風邪をひいているところから、ドラマは始まり、面白い事件が3週間もないとミス・レモンに愚痴っている。 「灰色の脳細胞には刺激が必要なのです(an eternity for a brain lik…

chapter 4-3. 退屈、とか、一般受けしない、とかそんなことにならないだろうか

だが、私も俳優であるからして、このシーンをどう演じたらいいかわかっている。 直感的に、どう演じるべきかも、演じ方もわかっている。ポワロのことはよくわかっていたので、誰かに教えてもらう必要もなかった。誰よりもうまくできると思った。 ポワロも私…

chapter 4-2. 退屈、とか、一般受けしない、とかそんなことにならないだろうか

「ミューズ街の殺人」の撮影が終わるとすぐに4作目「24羽の黒ツグミ」の撮影に入った。 このころになると、Twichenhamでの撮影が私のスケジュールのすべてになっていた。毎朝6時半に家を出て、Pinnerに帰るのが夜の八時半か九時。 1988年の7月からクリスマ…

chapter 4-1 . 退屈、とか、一般受けしない、とかそんなことにならないだろうか

第一話の撮影が終了してからちょうど二週間後、第二回目の撮影が始まった。この二回目に撮影されたエピソードは第三話として放送された。 タイトルは「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」。地主マーカス・ウェイバリーの息子を誘拐するという脅迫文が届く、と…

chapter3-5. 申訳ないが、その衣装は着ない

しかも後日、ロンドンウィークエンドテレビが10話ある第一シリーズ作成のために、ブライアンに対して500万ポンドをつぎ込んだことを知った。一話作成に、50万ポンド!1988年は恵まれていたのだ。 第1話では、ポワロのキャラクターをちゃんと表現できただけで…

chapter3-4. 申訳ないが、その衣装は着ない

ヒューは、舞台とテレビで活躍してきた。舞台「Edward and Mrs Simpson」では外国人秘書Anthony Eden、テレビ「Sharpe」ではウェリントン卿を演じた。そしてヒューは私とほぼ同い年で、Webber Douglasアカデミーに学んでいた。だが、Twickhamで撮影初日を迎…

chapter3-3. 申訳ないが、その衣装は着ない

「申し訳ないが、それは着ない。」冷静に言った。 「ポワロの衣装ではない。」「ポワロはモーニングスーツを着る。」 スタイリストは応えた。「ですが、私はこの衣装を渡すように言われたんです。」 彼は、驚いていたし、そして緊張もしていた。表情から明ら…

chapter3-2. 申訳ないが、その衣装は着ない

面白いことに、最初に彼と色々と話したのは、イーストエンドにあるコメディシアターまで運転してくれた時だった。Tom Kempinskiの「Separation」がかかっていたのだが、その日バスも地下鉄もストで運行していなかったのだ。 「人生を変えたいと思ったこと、…

chapter3-1. 申し訳ないが、その衣装は着ない

1988年6月下旬、6時半前、明るくて気持ちのいい朝だった。撮影初日のその日、新居の周辺をシェイラと散歩していた。その日は人生で最も重要な日になると私は分かっていた。 ミドルセックス州PinnerにあるRonnie Barkerの家は、教会にも近く、私たちは購入し…

chapter2-5. 彼を滑稽には演じない、絶対に

しばらく月日が経って、1988年の夏、ある想いが浮かんだ。ポワロと自分自身が重なって見え始めていたのだ。 それはリストにポワロの特徴を書き続けて、65番目のことだった。「自宅で仕事をするときでも常にモーニングスーツを着用。まるでハーレー街(※高級…

chapter2-4. 彼を滑稽には演じない、絶対に

クリスティが書いていたのはこうだ。「ポワロは、窮屈なエナメル靴でせかせかと気取ったようなステップを踏みながら芝生を横切った。」 あまり知られていないが、靴のせいでポワロの足は窮屈で、また、「気取って」歩くのである。歩き方はわかった。だが、ど…

chapter2-3. 彼を滑稽には演じない、絶対に

衣装の最初は、ボディスーツだ。お腹、胸、背中、肩に膨らみを持たせて、ポワロの体型になる必要があった。私は痩せすぎていて、ポワロらしくなかったのだ。ボディスーツを着ると40ポンドほど体重が増えて見え、200ポンド以上あるように見えた。セパレートタ…

chapter2-2. 彼を滑稽には演じない、絶対に

用意してあった口髭もひどいものだった。 大きすぎ、顔からはみ出して、まるで私はセイウチのようだった。なんてことだ!もう、なんて言っていいのかさえ分からなかった。非常にがっかりしたが、決意も新たにした。見せられた衣装は、私が演じるべきポワロの…

chapter2-1. 彼を滑稽には演じない、絶対に

ロンドンに戻っても、私はポワロの声についてずっと悩んでいた。きちんと表現せねばならない。コメディではないのだ。誰に笑われてもいけない。話し方はポワロを演じる上でのキモになるが、どうやって彼の声を表現したらよいのだろうか。 ベルギー語Walloon…

chapter1-7. 大役はしない

本を読み進め、彼について書かれているどんなこともメモを取るにつれて、徐々に自分が演じようとしている男のイメージがつかめてきた。 「飛行機が苦手。酔うから。」私のリストに次々と書き込まれる。こんなことも。「船旅も苦手。船酔い予防に『優れたlave…

chapter1-6. 大役はしない

1969年、23歳だった鳴かず飛ばずのチェスター時代から信じてきた、俳優としてのあるべき姿への信念があったから、ポワロの特徴を正確にとらえて演じた。 プロとしての初めてのこの年、なぜ自分は役者をしているのか、という自身のアイデンティティについて悩…

chapter1-5. 大役はしない

読み始めてみると、今までの映像では見たことのないキャラクターであることが分かってきた。 アルバート・フィニーでも、ピーター・ユスチノフでも、1986年のBBCドラマ「Murder by the Book」のイアン・ホルムでもなかった。 ポワロは、そのどれでもなかった…

chapter1-4. 大役はしない

ある日、撮影の休憩時間にユスチノフは私に言った。 「君ならポワロをやれる。とてもあってると思うよ」。 とても驚いたが、真面目にとりあわなかった。だが、10月のその夜、ブライアンとインド料理を食べながら話をしているとき、ユスチノフのその言葉が思…

chapter1-3. 大役はしない

それからはすごく幸運続きで、シアターや映画、ラジオ、テレビで常に仕事をしていた。1973年には、27歳でロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの会員にもなった。カンパニーでの仕事は、ものすごく楽しかった。映画「Song for Europe」や、John Lighgowと共…

chapter1-2. 大役はしない

1987年の秋の夕暮、西ロンドンのActonにあるインド料理店で、ある役をやってみないかともちかけられた。その前に俳優としての経歴を語らなければならない。それがあってこそポワロが私のキャリアにやってきたのだ。私とポワロはリンクしている。それは読者に…

chapter 1-1. 大役はしない

2012年11月午後遅く、エルキュール・ポワロが死んだとき、私の一部分もポワロとともに死んだ。 アガサ・クリスティが生み出した潔癖症のベルギー人探偵は四半世紀にわたって私の人生の一部であった。ドラマの時間で100時間以上、25年以上にわたってポワロを…

プロローグ

それは湿度が高く、肌寒い11月の金曜の朝だった。年を取ったものだと感じた。そう、私は年寄りだ。今にも死にそうだ。狭心症だということは他人にはわかるまいが、その病気は確実に私の健康を侵している。息をするたびに、激しい咳がでる。体重は落ちたし(I…

POIROT and me : プロローグ

この本を妻シェイラに捧げる 著者について デビッド・スーシェは複数の受賞歴を持つイギリスの俳優である。エルキュール・ポワロ役として世界的に知られている。40年以上にわたる俳優のキャリアにおいて、主に舞台俳優として活躍してきた。また、ロイヤルシ…