プロローグ

それは湿度が高く、肌寒い11月の金曜の朝だった。年を取ったものだと感じた。そう、私は年寄りだ。今にも死にそうだ。狭心症だということは他人にはわかるまいが、その病気は確実に私の健康を侵している。息をするたびに、激しい咳がでる。体重は落ちたし(I have lost two stone in weight)、顔色は経年劣化した羊皮紙のようで、指はゴツゴツと節くれ立って、まるで人間鉤のようだ。

実際に、私は死の床でまっさらな白い綿のシーツにくるまれているため、手と顔しか人には見えないのだが。アガサ・クリスティが生みだした、かのベルギー人探偵エルキュール・ポワロとして、私は今まさに息を引き取ろうとしていた。私はポワロとともに俳優として、四半世紀を生きたのである。少なくとも66以上のテレビドラマで彼を演じ、そして今まさに別れを告げようとしている。

この役はどんな仕事よりも難しかった。でも、私は彼を演じた数多の俳優の一人でしかないことも承知している。

ポワロの死はバッキンガムシャー州にあるpinewoodスタジオのsound stage Aで収録された。ロンドンから北西に20マイル離れている。この11月の朝11時、大きなechoing stageの真中に特別にセットされた小さな寝室で私は横たわっていた。セットはスタイルズ荘の部屋を模して造られている。ポワロはスタイルズ荘で最後の事件「カーテン」に会い、臨終の時を迎えるのである。

90名のスタッフが大きな照明と軽快な音で私を囲んでいる。メイクアップ係、写真監督、二台のカメラとカメラマン、カチンコ持ち、そして才能ある若き監督Hattie Macdonald。彼女はいま30台後半だが、イギリスでは最も繊細で実力ある監督の一人である。彼女は役者の魅力を引き出し、観客を驚かす力を持っている。彼女は2007年のテレビドラマ「ドクターフー」で「最も怖かった」エピソードと言われている「Blink」を製作したのだ。ただし、今日、彼女は誰かを脅かす為にここにいるのではない。彼女は、シャーロックホームズと同じくらい有名な想像上の探偵の死のシーンを作るためにここにいるのだ。ポワロは全ての点においてホームズと同じくらいの喜びを全世界に与えてきたのだ。だから、このスタジオの雰囲気が悲しくなるのだ。いつもなら、冗談や笑いが飛び交っている撮影班だが、今この時は全く静かだ。最愛のベルギー人探偵が今死のうとしている。そのことにだれも耐えられないのだ。皆がポワロを演じている私の一挙手一投足を見ている。スタッフの目の前で、彼は死のうとしているのだ。

ポワロの死のシーンは2回に分けて撮影された。とても広いスチール製のsound stageの中央にセットされた寝室に俳優は二人いて、それぞれにカメラが向けられたためだ。二人の俳優とは、もちろん私と、信頼関係にあり長年にわたってポワロと友人であるヘイスティングス大尉を演じるヒュー・フレイザーである。彼は私にとっても親友である。

ベルがセットに鳴り響いた。撮影に入ったのだ。カメラが回り、友人はわたしに様子はどうかと尋ねている。「まだ生きてますよ」とちょっとしたジョークめいて私が小声で答える。でもポワロは笑わない。狭心症のせいで、彼は咳き込む。ヘイスティングスは横のテーブルにあるコップをポワロに渡そうとする。これまでのポワロなら、その場所でスタイルズ荘でおこった犯罪についてヘイスティングスに分かるように説明するだろう。しかしポワロは、おそらく必然的に、コップを受け取ろうとはしなかった。

「どうしてそんなに物事をややこしくする必要があるんです?」彼は寂しげに言った。「僕は全くの暗闇にいるんですよ」。彼は物憂げな声で言った。ポワロは、心配しないで、下に行って朝食をとってきたらどうかと答える。ポワロにはまだやるべき仕事がのこっている。

我が旧友はセットから静かに去り、私はベッドで横たわりながら溜息をつく。

ベルが鳴り響き撮影が終了したことを告げたが、動くものは誰もいなかった。かろうじて音がした。一人の俳優が主演を務める最も長いテレビドラマの一つの終わり、テレビの時代の終焉が近いことを、そこにいる皆が知っているのだ。私とともに働いてくれた全て人々がそれぞれのやり方で私を支えてくれている。だが、そのみんなが真実を避けるすべがないことを知っているのだ

セットの外で、妻のシェイラが音響係の横に座り、画面を通して撮影を見ていた。彼女が撮影に来るのは初めてだ。1988年から演じてきた小男に別れをつげるのが、私にとっていかに辛いかを、彼女は誰よりもよく分かっていたからだ。私はベッドから注意して起き上がり、ガウンを着て小さなセットの外にでて、sound stageの中央で止まった。シェイラが抱きしめてくれた。次のシーンの撮影準備に入るスタッフをから少し離れた。まるでヘイスティングスへのポワロの最後の挨拶のように見えた。シェイラが抱きしめてくれたので、私も彼女を抱き返した。何も言うことはなかった。

メイクアップ係が私の手の特殊メイクを確認しにやってきた。これのおかげで、とても年老いて見えるし、私が「とっても具合が悪いようにみえる」とHattieは気に入ったようだった。私がとても具合が悪いのは事実で、風邪をひいていた。ポワロの具合が悪いと、いつも私も具合が悪かった。なぜかは分からないが、何年もそうなのだ。ドクターFreud はどうだろうか。BBCで6シーズンあるテレビドラマでドクターFreudを一度演じ、演技で死も経験したが、今回に比べたらその死はとてもシンプルだった。今回は、親友の死なのだ。

長年にわたり、ポワロは私とともにいた。彼を失うのは想像を超えた痛みを伴った。セットに戻りシーツにくるまると、雑念を払わねばならないことは分かっていた。旧友、あるいは私にこれから起こることに集中しなければならない。ポワロの最後の事件の台本はイギリスの脚本家Kevin Elyot が書いた。彼は「雨だれのプレリュード」として知られるショパンのプレリュードNo.15 ニ短調を、ポワロがヘイスティングスに最後の言葉をかけるシーンに選んだ。Hattieはスタジオでもこの曲をかけるように言った。やさしく、心が痛むような旋律が我々を包んだ。悲しみが一層増していった。音楽が止まったので、まだ撮影中なのを確かめてベルが鳴るのを待った。私はしばらく静寂を維持したほうがいいのか自問した。考えをまとめるためにポワロと私に与えられた束の間の平和のように感じた。Hattieがもし「アクション」と言わなければ、私は指をさして、音楽を流し、カメラを回すよう指示しただろう。横たわりながら、ポワロが生きようと闘っていること強調するためにもっと浅く呼吸をしようと思った。また、それ以外にも彼はいろいろと苦しんでいる、いうことも表現したかった。ポワロは恐れている。だが、それはこの最終話のほんの1部分でしかない。この最終話で、敬虔なカトリック教徒であるポワロは自分のしたことを神が本当に許してくれるだろうか、と自分に問いかけているのである。だから、彼は苦しんでいるのだ。ポワロは最後の時がきたのがわかっているが、それがいつくるのかは、わかっていない。狭心症の発作がいつくるかと待つのは、電車がいつ来るのかと待つのに似ているからだ。それは予告なくやってくるのだ。突然、咳がでる。しゃべることができなくなり、そして息絶えるのだ。それはポワロが人生において唯一自分でコントロールできないことである。そして彼は他人となんら変わりない普通の人間として横たわるのだ。

私は長い間、ポワロが臨終の時に何を考えるだろうかと模索してきた。1ヶ月かもっと前から行われた最終話のためのメーキャップテストやコスチュームテストで何がおこなわれるのか、私はよく理解していなかったのである。顔にしわを刻み込まれるのも、手に施された特殊メイクも、最終話で部分的に使用する車椅子に座るのも初めてだった。その時になってようやく、ポワロは死ぬのだ、と心で理解できたのである。ポワロと私の関係がこれで終わるという事実をふっきれないで私は家路についた。スクリーン上で、可能な限りのリアリティを求めているので、友人の医者に信愛なるベルギー人探偵が狭心症の発作の時どう思うだろうか、と相談してみた。まさにその時、のどに何かが詰まったのである。

こんな考えが浮かんできた。最後の別れのシーンで、ポワロがヘイスティングスの入室を許す前、静寂なシーンを撮るのはどうか。そこでポワロは咳払いするのだ。両方にとって難しいシーンだ。ドラマで長年の友人であり、30年にわたって撮影をともにしてきた。私にとってはまるで、頼りない相棒を残して、長く素晴らしい結婚生活が終わりに近づいているようなものだった。指を立てて、撮影を始めるよう指示をだした。ポワロの最初のセリフは旧友に向けたものだ。「ヘイスティングス・・・、時々君は子供のようですね。無邪気で、疑り深くなくって・・・」ポワロがセリフを続けるより先に、ベッドの傍らに立っているヘイスティングスは言う。「ポワロさん、今日のあなたはひどく具合が悪そうですよ。医者を呼びましょうか」ポワロはためらって、そして咳をする。「どう良くなるっていうんです。友よ。いいんです、このままで」そこで私は一呼吸おいた。なぜなら次のセリフはヘイスティングスとの長年の友人関係が凝縮されているからだ。それはポワロにとって人生の大部分を占めるものだ。「私はいかなる時も最善の努力をしてきました。君もそう思いませんか」「もちろんですよ」「神は許してくれるでしょうか」「お許しになりますよ。あなたは素晴らしい人です。私が知っている誰よりもね」横たわりながら、長年一緒に働いてきた旧友を見つめた。胸が詰まりそうだった。それでもKevin Elyotの書いた素晴らしいセリフはちゃんと頭にあった。「気の毒な、かわいそうな、一人ぼっちのヘイスティングス」sound stageにショパンのプレリュードが響き渡り、どんな強靭な心にさえも訴えかけてくる。「シェラミ(Cher ami)」ヘイスティングスにつぶやいた。「時はきました。休まなければ」ポワロは最後の時でさえ、偉大な探偵であり続けたのだ。声をちょっとだけ強めにして、私は事件の結論を述べた。「自殺などではないのです。殺人です」

ショパンはまだ流れていたが、遠くのように聞こえた。ヘイスティングスはドアに向かって歩き、ポワロがまた「シェラミ(Cher ami)」と言う前に、ドアを閉めるのだ。

ショパンの曲は撮影のベルが鳴る間は止まったが、音量が大きくなったり、小さくなったりしながらかかっていた。再度、沈黙がおとずれた。まるで死者を覆う白布のように、ススタジオを包み込んでいた。音響係の横に何度も一緒に働いたAndrew Sissonsが座っていて、声もなく泣いていたシェイラに、優しく柔和な声で話しかけていた。「どれだけ感情的になるかなんて想像できなかったよ」

私の運転手Sean O’Connorは画面で撮影を見ながら涙していた。14年間にわたりスタントマンを務めてくれたPeter Haleも同じだった。我々はそんなに似ていないのだが。近くにいたメイクアップ係と撮影記録係はともに涙を拭っていた。皆がとても感情的になっているのは普通では考えられない光景だった。これまでのキャリアで一度だって遭遇したことはなかった。Hattieと私だけは目的を失っていなかった。まだやることはあるのだ。喪に服す前にしなければならない。俳優として、演じている役を客観的に眺めなければならないと信じているし、また常日頃そのように気を付けているし、そして役に没頭している。もちろん注意も怠らない。そうでなければ、仕事としてやっていけないだろう。

Hattieはスタッフを呼んで、ポワロが息を引き取るシーンの撮影の準備を進めた。彼女が監督で本当にラッキーだったと思っている。彼女とは2時間ドラマ「青列車の謎」で一度しか一緒に仕事をしたことがなかったが、ポワロの最後の事件に必要だと熱望していた。というのも彼女がポワロという人物に対して共感の念を抱いていたからだ。それは、私が彼女を100%信頼していることを意味している。私にとって何よりも大事なことなのだ。

Hattieとスタッフが準備を進める中、私はベッドから起き上がって、セットを後にした。私の衣装係、Anne-Marie Digbyがガウンを渡してくれて、シェイラと私は少し話をするために部屋の隅に行った。次のシーンは重要だ。ポワロの死が決して感傷的ではないことを正しく理解してもらわねばならない。できる限り現実味をもって演じたい。観客にポワロは自分しか知らない事実と闘っていることをわかってもらいたいのだ。だからポワロがロザリオを握りしめ神に許しを請う時のすべての撮影カットに真実があるのだ。スタッフは私のためにベストを尽くしてくれている。彼らと仕事ができて本当に幸運だった。週末は撮り直しの期間にしていたので翌月曜の午後、撮影がすべて終了した後に彼らに挨拶をした。シェイラはセットに引き返して、私はベッドに横になった。次のシーンは私一人だ。二台のカメラがポワロの最後の時を撮るために別方向から構えている。セリフは簡単だ。「お願いです。お許しください・・・」これだけだ。

あまりメロドラマになりすぎないようにシーンに動きがでるように試してみた。しかし同時に、私は世界中にいる視聴者に、死ぬことは簡単ではなく、また決して安らかなものではないことをわかってほしかった。ポワロの死を砂糖で包むようなことはしたくなかった。

再びベルが鳴って、撮影の開始を告げた。そしてさらに、私が指を立てたら、それが準備が整ったので撮影を始める合図であることを説明した。その時、Httie1は「アクション」と言うだろう。

私の準備が整って、彼女はそうした。私の苦しい呼吸の音だけしかせず、必要な時に手にとれるように横のテーブルに置いていたロザリオを、手にした。このシーンは一度で決めたかったので、全身全霊で演技に集中した。アガサ・クリスティが創造したエルキュールポワロを演じるためだけにその場にいた。最後のセリフを言う以外に大事なことなどなかった。ポワロの苦しそうな呼吸は「お許しを、どうか・・・」と言っているようにきこえた。そして癒しをもとめてロザリオを手にした。ありがたいことに、うまくいったと思う。Hettieは「カット」と言い、ベルが鳴って撮影が一発撮りで大丈夫だったことがわかった。その11月の曇りの金曜日、ヘイスティングスがポワロの遺体を見つけるシーンを残すだけだ。もう一度言うが、私は感傷的になどならない。ポワロは眠っているように安らかに死んでなどいないのだ。視聴者にはあまり恐ろしさを見せずに、しかしポワロは苦しんで死んだことをわかってほしいのだ。この件についてHattieと議論した。シェイラとも。彼女たちが何を考えているか聞きたかったのだ。だが私の腹ではもう決まっていて、彼の死をチョコレートの箱のように美しく見せる気はなかった。それは私が長年演じ、守り続けたこの人物にとって事実ではないのだ。

夕方6時を少し過ぎたころ、スタッフは私と同様に疲れ始めていた。数週間は週末に1日しか休めていないうえに、この日は20秒の撮影の日であった。なので、いっそう疲労が濃いのだ。周りのスタッフの顔を見てそれがよくわかった。私がいくら疲れていようと、確かなことは一つだった。ポワロの死後、ポワロはどのようにして発見されるべきか、議論するために、シェイラにセットにいるHattieと私のところに来てほしかった。ポワロは罪を償えないのではないかという恐れをいただいたまま、苦しんで死んだことを表現したかった。いつも見せてきた顔とは違うのだ。

ベルが鳴って静寂が訪れた。セリフはなく、ヘイスティングスが視線を投げかけるとドアが開いて、苦しんだ末にベッドで命尽きたポワロを見つけるのである。このシーンには現実味がなければならない。これも彼を彼たるべき演技をすべきなのだ。どんな場面でも、その人物の特徴があらわれるのだ。ポワロにはこのシーンで、おとなしく整えられたベッドで死んでいてほしくなかった。ましてや、ロマンチックにするためにシャをかけるなどしてほしくない。彼が生きようとするのを私が助けたように、現実味をもって普通の人のように死んでほしいのだ。ヒューは、寝室に飛び込んで、右腕が伸びて体の上にあり、左頬が枕に当たり、動かない私を見て、目線だけでこのシーンを演じるのだが、これがどれくらい難しいかを私は確信をもって語ることができる。ヒューもまた、120時間以上テレビドラマの中で友人であり、成人してからのとても長い時間をともに過ごした、とても親しい人を亡くしたのだ。Hattieは彼女の信念に従って撮り続けた。ヒューが寝室に飛び込んだ時と同じように、ヒューの演技をカメラがとらえている。この小さなセットにはヒュー、私、シェイラを含む誰一人として、可能な限り早く終わってほしいと思わない者はいなかった。本当に厳しい一日だった。早く終わらせたかった。その時がきた。Hattieが「カット」と言い、ベルが鳴って、本当に終わった。

Sound stageの外に止めてあったトレーラーに戻ったとき、私は何とも言えない喪失感をあじわった。この週末はシェイラと一緒に家に帰る予定にしていたが、何をしたらいいのか、まったくもって分からなかった。座ることも、立っていることもできなかった。しょうがないのでトレーラーの中を歩き回っていた。ようやく家に帰ったが、ゆっくりすることはできなかった。自分が出かけたいのか、友人に会いたいのか、家にいたいのか、わからない。食べたいのか食べたくないのか、それさえもわからないのだ。結局シェイラと一緒に家で過ごした。しかし一番辛いのは月曜の朝、Pinewoodに戻らなければならないことだ。ポワロはすでに死んでいるにも関わらず、撮影23日目、最後の日である。

週末は曇天続きでまるで我々のこれからを予知しているかのようだった。たとえどんなに困難でも、それを乗り越えなくては。

どんよりとした霧の立ち込める月曜日、最終話の最後を撮影しなければならなかった。それは、ポワロの死後4ヶ月経ってから手紙が届き、ポワロがヘイスティングスにスタイルズ荘最後の数日に起きた殺人事件を解き明かすという不可欠なシーンである。役に戻れないような気がしていたが、自分の寝室の机に座ると、ポワロが自分の一部であることの喜びが戻ってきた。私は、何が起こったのかを説明するためにヘイスティングスに手紙を書いている。アート部が私の手書きを作る方法を編み出してくれていたおかげで、何度も何度も逐一書く必要はなかったので何か特別な感じがした。幽霊が私をのっとっているようだった。ポワロの手紙は長年の友人への告白のようなものでもあった。手紙の締めくくりは「ヘイスティングス、親愛なる友よ、さようなら、さようなら」

手に握っている十字架にキスしカメラを一瞥し、エルキュール・ポワロとサインした。

ポワロを塩自治いるとき時々目に輝きをいれていたのだが、今回もそうしたかった。この最終話はずっと陰鬱である。それは間違えて笑顔で終えてしまうほど重要なことだ。最後にカメラの向こう側を見ていると、金曜にヘイスティングスに言った最後のセリフが思い出された。

「シェラミ(Cher ami:親愛なる人)」優しくつぶやいた後、ヘイスティングスはポワロを残して去るのだ。このセリフは私にとって、とてつもなく重要である。なぜなら、扉が閉められた後も同じことを言うのだから。この二番目の「Cher ami」はヘイスティングス以外に向けられているのだ。それはポワロの親しい、愛する人たちに、である。ポワロと同じ気持ちで私は彼に別れを告げた。心から悲しかった。