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chapter1-5. 大役はしない

読み始めてみると、今までの映像では見たことのないキャラクターであることが分かってきた。

アルバート・フィニーでも、ピーター・ユスチノフでも、1986年のBBCドラマ「Murder by the Book」のイアン・ホルムでもなかった。

ポワロは、そのどれでもなかった。もっと理解しがたい人物で、全ての事において些末にうるさく、映像化されたどの人物より人間味にあふれていた。

それでも私がポワロを演じるべきかどうか悩んでいた。そこでロンドンのインディペンデントテレビニュースでキャスターをしていた兄のジョンに相談することにした。私より2つ上で、私はいつも尊敬している。彼に電話をかけた。「ジョン」。少し緊張していた。「アガサ・クリスティは読みましたか」。少し間があいてから「最近は読んでないなあ。でも1つか2つは拾い読みしたかな」「エルキュール・ポワロを知っていますか」「もちろん。ポワロは一番有名な登場人物だよ」「あー・・・、実はポワロの1時間ドラマを10本製作しようかって話があるのですが、僕がポワロ役で。僕だけが彼を知らないんです。彼についてどう思いますか」しばしの沈黙があった。「I wouldn’t touch it with a barge pole(管理人注釈:お兄さんのこの意見がchapter1のタイトルになっています。しかし、私はここを訳せませんでした。お分かりの方おりましたらご教示ください)」彼は強く言った。

「本気ですか」とうっかり言ってしまった。「そうだ。ポワロ役っていうのは大した悪ふざけだね。お前には無理だよ」

そうだろうと思っていた。「でも私が今読んでいるのは、悪ノリなんかじゃないですよ。今まで誰も演じてこなかったポワロです」

また沈黙だ。「やりがいのある仕事です。もし私が、原作に書かれた人物を映像化できるなら。」つっかえながら話していた。

溜息がきこえた。ジョンはものすごく優しくて紳士である。私を困らせるようなことはしない。「もちろん、君がしたいのならそうするべきだ」静かに言った。「頑張れよ。一つだけ忠告しておくよ。視聴者にポワロを真面目に捉えてもらうのは、ものすごく難しいと思う」彼が正しいことはわかっていた。

ただ、私はアガサ・クリスティの小男について、もっとよく考えていたし、私は今までに誰も見たことのないクリスティのポワロを映像化できるという自信が芽生えていた。

数日後、ブライアンに電話した。「やりたいと思ってるよ、ブライアン」心からそう言った。1988年の年明けだった。

 

「素晴らしい!君の事務所に連絡するよ。まだ誰にも言ってないんだ。君が最初にコンタクトした相手なんだよ。僕は君がポワロを演じたいと思うって確信していたよ」

 

数百万人にポワロをお目見えする長い長い旅の始まりだった。今までの映像化された「灰色の脳細胞」と、てかてかした口ひげの探偵のどんな小さなことも見逃してはならないことを私はわかっていた。短編を含むすべての原作を集めて、ベッドの横に積み上げた。アガサ・クリスティが描いたポワロの神髄に近づきたかったし、彼が本当はどんな容姿なのか知りたかった。今までの映画やドラマで描かれたような、滑稽なポワロを演じる気はなかった。自分にできる限りのことをして、本に書かれた通りの本当の彼になりたかった。

 

最初に分かったことは、ポワロを演じるには若すぎるということだった。「スタイルズ荘の怪事件」で彼が初めて登場したとき、ポワロは60歳で警察を引退して探偵になっていたが、私はまだ40代初めだ。それだけでなく、原作によるとポワロは私よりかなり太っている。私が本物のエルキュール・ポワロだと世界に認めさせる為には、衣装とメイクに入念な注意を払わなければならないことは言うに及ばず、大量のパッドを詰めなければならないだろう。

 

読み進めるにつれて、もっと重要なことで、そして大事なことは、彼がとても真面目な人物として演じる必要があるということだった。シャーロック・ホームズがただのバイオリン弾きのモルヒネ中毒者ではないのと同じように、ポワロは滑稽な訛りでしゃべる馬鹿な小男などではない。アガサ・クリスティが掘り下げただけの価値が、ポワロにはある。だから私は映像化したくなってしょうがなかった。