chapter1-6. 大役はしない

  1969年、23歳だった鳴かず飛ばずのチェスター時代から信じてきた、俳優としてのあるべき姿への信念があったから、ポワロの特徴を正確にとらえて演じた。

プロとしての初めてのこの年、なぜ自分は役者をしているのか、という自身のアイデンティティについて悩んでいた。本当に役者になりたかったのだろうか?どうしてもスター俳優になりたいのだろうか?

わからなかった。

プロの役者になって夢がかなった部分もあるが、それがなんだというのだろうか。本当に望んだことは何なのだろうか。本当にわからなかったので、役者とは何か、辞書でひいた。そこには、俳優、舞台役者とあって、まったく役にたたない答えだった。もし、私の目的が、舞台や映画スタジオで誰かを真似て気取って歩くことなら、とうてい満足できなかっただろう。そんなことを目的にしていたら、南アフリカ生まれの婦人科医とケント出身の大衆演劇役者の娘で、イギリス人女優の間に産まれた無口な息子を演じることはできなかっただろう。掘り下げて考えると、自分は誰かの真似をしたいと思っていなかった。役を実際に生きているように存在させたいのだ。まったくの別人になり切りたかった。スターではなく、性格俳優になりたかった。

それが、役者になりたい理由だ。戯曲家や脚本家の作品を見ていると、私の性格や人柄が彼らに与える印象によって私の役が決まっていると気づいたのもその頃だった。性格や人柄こそが、ドラマを作るということに、とても驚いた。そして役者としての私の目的が、作者の代弁者になることになった。その気づきは晴天の霹靂のようだった。私が演じるのは性格で、作者の意図する本当の人格を引き出すことが私の仕事だと思った。最終的にポワロを演じる決意の奥には、この思いがあった。

この自伝を書いた理由の一つはこの思いだった。

性格俳優であるということが、私にとってどういう意味があるのかを説明したかったのだ。四半世紀以上、同じ役を演じるにあたって何が支えになったのか知ってほしかった。シャーロック・ホームズを演じてきたBasil Rathboneや、ジェレミー・ブレット、警部Morseを演じたRaymond Burr、彼はPerry MasonとIronsideも演じた、Doctor Kildareを演じたRichard Chanberlain など、何年にもわたって同じ役を演じた他の俳優が自分と同じだと言うつもりはない。

世界中で良く知られ愛されている人物をやってみないかと頼まれるほどの幸運に恵まれた、まさにその時、作品と仕事が自分にとってどんな意味を持っていたのかということを説明したかったのだ。アガサ・クリスティのポワロに初めて「なり切った」のは1988年の最初の月だった。ポワロになりきるために彼に関することは何でも知っていたかったし、ポワロが私の中で実在するようになったのと同じような感じで、世界中に彼がまるで本当に存在するかのように演じたかった。ポワロは私に仕事の目的を与えてくれたのだ。

また真実の彼を演じることでアガサ・クリスティに恩を返したかった。ポワロを演じるのに没頭しはじめると同時に、「When the Whales Came」というMichael Morpurgo の子供の話を原作にしたイギリス映画の出演依頼を受けた。イギリス最南端にあるランズエンドから30マイル離れた北大西洋にあるシリー諸島を舞台に、岸に打ち上げられたイッカクを保護し、また呪いから島を守ろうとする二人の子供の物語である。ユースナショナルシアターからの旧友であるヘレン・ミレンと、忘れがたい人だがとてもシャイなPaul Scofieldが配役された。Paul はRobert Blotの「A Mna for All Season」で1966年にオスカーを受賞しているし、ブロードウェイのPeter Scheffer作品「アマデウス」のサリエリ役で1979年にトニー賞も受賞している。彼のリア王の演技は、「これまでのシェイクスピア作品において最高の演技」とまで言われたし、彼の世代では間違いなく一番素晴らしい俳優の一人であることは間違いない。

シリー諸島での撮影は4月から6月の10週間を予定していて、私にはヘレンとPaulについで大きな役である、Willという地元の漁師役が配役される予定だった。大した役ではないが、シリー諸島は美しく、ポワロ以上のチャンスであるように見えたし、ロンドンのわずらわしさや電話攻撃から逃げる絶好の機会だと思った。それに、シェイラと子供たちは、学期の中間休みの間、丸一週間一緒にいられると、シリー諸島に行くのを楽しみにしていた。1988年、シリー諸島の一番小さな島、Bryherで美しい春を過ごした。映画の撮影の合間にポワロを読んでいた。読めば読むほど、小男の魅力に取りつかれた。彼には小さな欠点や、普通の人なら理解に苦しむ習慣、癖がたくさんあった。例えば、秩序正しいこと、イギリスでの嫌いなもの、「Turnip(蕪)」と呼ばれる大きな懐中時計をいつも携帯していること、などである。どれもかなり特徴的だが、また魅力的でもある。5月の風が6月にさらに温かくなるころ、私は「性格のdossier(フランス語で「事件簿」)」と名付けた私的なノートにポワロの癖と性格を書き出していった。5ページにわたって、93の彼の様々な特徴を書き上げた。そのリストはまだ持っている。ポワロを演じていたときはずっと、撮影に持って行ったし、ポワロ作品で一緒に働いた監督全員にコピーを渡しさえした。

リストの1番目はシンプルだ。「ベルギー人!フランス人じゃない!」2番目は「チザン茶(ハーブティ)を飲む。彼が『イギリス人の毒薬』と呼ぶ紅茶はほとんど飲まない。もしくはコーヒーを砂糖入りで。」

3番目は、「お茶とコーヒーには砂糖を4個。たまには3個。1度か2度は5個も!」

「先のとがった窮屈な、磨き上げられたエナメル靴」が4番目。5番目は「大仰にお辞儀をする(Bows a great deal)。握手をしている時でさえ。」