chapter2-1. 彼を滑稽には演じない、絶対に

ロンドンに戻っても、私はポワロの声についてずっと悩んでいた。きちんと表現せねばならない。コメディではないのだ。誰に笑われてもいけない。話し方はポワロを演じる上でのキモになるが、どうやって彼の声を表現したらよいのだろうか。

ベルギー語Walloonと、BBCのフランス語のラジオ番組を1セット、購入したことが助けになった。ポワロはベルギーのLiege出身で、ベルギー訛りのフランス語(ベルジャンフレンチ)を話す。ベルジャンフレンチを話すのは、ベルギー人口の30%であり、生粋のフランス語にかなり近いとされるWalloonよりも多い。これらの教材に加えて、ベルギーから放送されている英語放送と、パリからの英語放送を購入した。私が一番心を砕いたのは、うそっぽくならないようにポワロにしゃべらせることだった。また、原作を読んでいて聞こえてくるポワロの声にも近づけねばならない。これらの教材を何時間も聞いていると、だんだんとWalloonとフランス語が混じり始めてきて、ポワロの声がじわじわと自分に降りてきた。胸から頭へと抜けて、ちょっと高いピッチで、そして潔癖症っぽい感じの声だ。数週間たつと、ポワロの声を習得できたという自信がつき始めた。もし実際にポワロに会ったとしたら、きっとこんな感じでしゃべるだろう、という声だ。ポワロはきっと、軽いお辞儀と握手をし、左に頭を少し傾けながら、完ぺきにブラシがけされた灰色のハンブルク帽を持ちあげて、私に話しかけてくる、そんな声だ。

彼の特徴をノートに書き続け、そしてポワロの声を頭の中で聞くことを続けていると、ポワロを演じることに一層妥協したくなくなってきた。ポワロを面白おかしく演じることはしないと自分に誓った。ポワロはうぬぼれ屋だが、私と同様まじめである。私はそれを表現したいと思った。思っていたよりもポワロと私には共通点が多いと気が付き始めた。ポワロも私も、アウトサイダー的要素がある。ポワロはイギリスに住むベルギー人で、私はパディントン生まれのロンドンっ子だが、常に疎外感を感じていた。これだけではなく、秩序や調和を求めたがることも同じだ。また、自分の信念を曲げるのも苦手だ。これはポワロの服装にも表れている。

Bryherから戻ると、ポワロの衣装合わせがあったのだが、ポワロに適した衣装ではなかった。私の目から見ても、自分がこれまでノートに書き綴ってきた原作に描かれているポワロの服装とは思えなかった。用意してあった衣装は、華美で、派手すぎた。私が演じたいと望んでいるポワロではなく、コメディ色の強い衣装だった。私はポワロを頭が悪そうに見せたくないのだ。

用意してあった口髭もひどいものだった・・・