chapter2-2. 彼を滑稽には演じない、絶対に

用意してあった口髭もひどいものだった。

大きすぎ、顔からはみ出して、まるで私はセイウチのようだった。なんてことだ!もう、なんて言っていいのかさえ分からなかった。非常にがっかりしたが、決意も新たにした。見せられた衣装は、私が演じるべきポワロのものではない、そしてポワロを絶対にピエロのような格好にはしない、と再度誓った。

ブライアン・イーストマンが助けてくれて、私はようやくアガサ・クリスティが描いたとおりのポワロの衣装を着ることができた。スリーピースのスーツにウィングカラー、スパッツ、そして磨き上げられたエナメル靴だ。このドラマの準備チームにも、ポワロに理解のない人が1人か2人はいて、「テレビ映えしないし、おもしろくない。」と言いはなったが、私はエナメル靴に足をいれた。

モーニングジャケットに縦縞のズボン、グレイのジレーを着て、一日を過ごした、とクリスティがポワロについて書いていたとしたら、私はその通りにしただろう。Not a jot more, nor a jot less (←訳していない)

ポワロの特徴、22番目は「外見に対するこだわり」で、24番目には「いつもセパレートカラー、ウィングカラー」、33番目は「髪型も含めて、ポワロの外見は、決して乱れていることはない。爪もつやつやに磨かれている。」

私の演じるポワロは上記のような恰好にするつもりだったし、そうでなければ演じるつもりはなかった。

ポワロの口ひげも然りだ。顔に何かが刺さっているような、いかにもつけ足したような髭なんてまっぴらごめんだ。髭とは顔の中央に座している、ためにポワロは人生を賭して手入れしているのだ。ポワロは、一瞬たりとも髭の美しさを保つことに気を抜くことはない。私のリストによると21番目は「純銀製の髭用手入れセットをいつも持ち歩いている。旅行の時も。」

用意された口髭に妥協する気にならなかったので、ブライアン・イーストマンと私はメイクアップアーティストに、ポワロの髭をデザインしてくれるよう頼むことにした。口ひげの参考にしたのは、1933年に執筆し翌年に出版された「オリエント急行殺人事件」である。

出版から40年後、アルバート・フィニー主演の映画が封切られた時、クリスティはコメントしている。「ポワロの口ひげはイングランドで一番美しいのです。私はそう書きました。映画ではそうなっていなかった。なぜでしょうか。」

私はクリスティに従うと決めた。ポワロにはイングランドで最も洗練された口ひげをつけさせるのだ。

ブライアンと私は、クリスティが考えていた口ひげを再現することができた。大きくなく、手入れが行き届いて、丁寧にワックスがかかっていて、ピンと跳ね上がっていて、その先は鼻に届くか届かないか、そんな口ひげだ。イングランドで他に並ぶもののない美しい口ひげで、ポワロがつけているに違いない、と私とブライアンは確信できた。

1988年の6月下旬、テムズ川からそう離れていないロンドン南西部に位置するTwickenhamフィルムスタジオで、思い描いた通りのポワロの衣装にゆっくりと袖を通した。その日、第一回スクリーンテストが行われた。