chapter2-5. 彼を滑稽には演じない、絶対に

しばらく月日が経って、1988年の夏、ある想いが浮かんだ。ポワロと自分自身が重なって見え始めていたのだ。

それはリストにポワロの特徴を書き続けて、65番目のことだった。「自宅で仕事をするときでも常にモーニングスーツを着用。まるでハーレー街(※高級住宅地で医学関係の専門家が多い)の医者のように。」。

なんという偶然!(That struck a chord)。私の父はハーレー街2番地で産婦人科医を開業し、モーニングスーツを着て仕事をしている。

ポワロと自分に共通点が多いように感じてきていた。私がマントルピースに二つ物を置くとしたら、正確に均等に置くだろう。まあ、ポワロほど病的ではないと思うが。また、私は人から話しかけられやすいタイプだと思う。ポワロもそうだと思う。リストの75番目は「女性は彼と共感を得ることができる」だ。兄のジョンによると、若いころの私は可愛い女の子にもてたらしい。ジョンはもてないのに。ただ自分ではそう思っていなかった。ポワロはどうだろう。彼の恋愛に関する場面にきて私の目は『キラキラ』した。妻も同意してくれると思うが、彼女に向けるくらいの『キラキラ』な瞳になった。僕もポワロも禿げているが、僕は失恋した23歳の時に多くの髪を失った。はげてしまうほどショックな失恋だったのだ。ポワロにも同じことが起こっている。誰に失恋したのだろう?

リストの67番目によると「ふわふわのオムレツを作ってくれたイングランド人の女性に、一度だけ恋に落ちたことがある。」ポワロは結婚を望んだようだ。リストの89番目には「世の中で一番素敵なことは、男女の幸せである、と心から信じている」

ポワロと自分がかなり似ていると思い始めていたが、恋愛に関してはどうやら私のほうが恵まれていたようだ。

全くの偶然だが、撮影の数カ月前に妻シェイラと新居を探していた。子供たちが成長してきたので彼らのためにも、騒がしいロンドンでななく、郊外に家が欲しかったのだ。

最初に見た家は、PinnerのEledeneにある喜劇役者Ronnie Barkerの家だ。到着すると、妻も私もまるでクリスティの作品にでてくる家のようだと思った。窓からは光が差し込み、アールデコ調の玄関扉、ポワロが最後になぞ解きをする際、容疑者たちが全員集まれるくらいに広い応接間と庭。

さらに、Ronnieと家の売買について話しをするために食堂に足を踏み入れると、マントルピースの上に、ある衣装を着けた彼の肖像画が掛かっていた。「誰の役の時かな?」と私はきいた。彼はちょっと微笑んで「ああ、ポワロだよ」と答えた。「『ブラックコーヒー』のポワロを演じだんだけどね、あまりいい出来ではなかった」

おそらく必然的に、シェイラと私はその家を購入することになった。ポワロはわかってくれるだろう、きっと。

それからというものポワロは私の行く先々に現れた。隣の部屋から私を見ているし、挑発してくるし、スクリーンでは誠実に演じるよう求めてきた。

撮影の数週間前、クリスティの娘ロザリンド・ヒックスと夫アンソニーからランチに招待された。ロザリンドはクリスティのただ一人の子供だ(who I knew looked after the Christie affairs around the world)。

ケンジントンハイストリートに近い小さなイタリアンレストランは、ガラス張りで壁にはシダが飾られていて、明るくとても感じがよかった。レストランの椅子に腰かけながら、このランチはおそらくとても光栄なことで喜ぶべきことなのだ、と自分に言い聞かせていたが、やはりどうして、かなり緊張していた。なにしろクリスティのただ一人の子供と面会するのだ。そして彼女は70歳近い。

腰かけた時にはまだ気づかなかったが、ランチが始まると、メインディッシュの舌平目と同じくらい私も『調理され』ていたのだった。ロザリンドとアンソニーは、私がどういう心意気でポワロ役に臨むのかを知りたがった。どのようにポワロを演じるのか?彼のしゃべり方や歩き方についてどう考えているのか?ポワロ独特の気質をどう表現するのか?

レストラン自体は変わらずいい雰囲気なのだが、私たちの雰囲気は微妙だった。ランチ終盤、アンソニーがテーブル越しに、まっすぐにこちらを見て言った。

「忘れないでほしいのですが、」彼は語気を強めていた。

「私たち、視聴者も含めてですが、ポワロに好感を持ちたいのです。」

一瞬の間があった。「絶対にポワロを滑稽に演じないでいただきたいのです。絶対に、です。」もう一度、間があった。「私たちは切に願っているのです。」

私はゴクリと息を飲んだ。ロザリンドが続けた。「それをお願いしたくて、あなたにお会いいたしました。」アンソニーと同じくらい強く言った。

 

ロザリンドとアンソニーの言葉は今でも耳に残っている。この日、私は撮影初日から100%の全力を注ぎこんで演じなければならないのだ、と気付かされた。カメラが回り始めるまさにその一瞬から、クリスティが描いたとおりのポワロにならねばならない。やり直しはきかないのだ、絶対に。

そしてもう一つ、これから始まる日々は、私の人生において最も重要な日々となることに気付いたのである。