chapter3-4. 申訳ないが、その衣装は着ない

ヒューは、舞台とテレビで活躍してきた。舞台「Edward and Mrs Simpson」では外国人秘書Anthony Eden、テレビ「Sharpe」ではウェリントン卿を演じた。そしてヒューは私とほぼ同い年で、Webber Douglasアカデミーに学んでいた。だが、Twickhamで撮影初日を迎えるまで一緒に仕事をしたことはなかった。

1939年から1946年、ハリウッドの白黒映画でシャーロック・ホームズの12作品で活躍したベイジル・ラズボーンとナイジェル・ブルースのように、私とヒューはコンビとして視聴者の記憶に残る運命となった。

ヒューはロンドン生まれの、ミッドランド育ちだ。妻は女優のBelinda Lang。ポワロがヘイスティングスを頼るように、ヒューにはたくさん助けてもらった。私もヒューを助けたことがあると思う。しかし、この信頼関係を画面に映し出すのはなかなか難しかった。カメラ写りを考慮して、どこに座り、立って演じるかを把握しておかなければならないからだ。そこで、脚本に特に記載がない限り、私は常にヒューの前に、ヒューは私の少し後ろにいることになった。

当たり前だが、ヒューはヘイスティングスを馬鹿、いや、ポワロの引き立て役として演じたくなかった。ヘイスティングスは視聴者を代表しているのだ、とヒューは考えていた。私も同じ考えだった。だからヘイスティングスが間抜けのようにしてはいけないと思った。

そのために、ヒューはかしこぶったようには演じず、ごく普通の人として演じることに勤めた。ヘイスティングスの一つの役目は、ポワロが何を考えているかを、明らかにすること、であった。そこでヒューは「まさか(good heavens)」や「なんてことだ(Good load)」といったセリフを、ポワロの態度に対して皮肉をこめて使うことにした。彼は本当に驚いているのか?偉大なる探偵を面白がっているのか?真実はともかく、このセリフまわしはうまいこといった。

ヘイスティングスが思いやりがあって実直であればあるほど、ポワロの欠点が際立って見えるようになってきた。欠点とは人物を特徴づける一定のパターンだ。ヘイスティングスに趣味もできた。深緑色のオープンカーLagondaへの熱意、田舎とスポーツ、特にゴルフをこよなく愛すること、など。

車の趣味と湖水地方は「コックを探せ」でもでてきた。ポワロは「へき地」であるKeswickに出向くことをためらい、牛道を歩くのを物怖じし、しゃれたレストランや、劇場、アートギャラリーがないことに不平を言う。

ヒューが気づいたのだが、撮影セット、小道具、衣装、ロケにどれくらいの費用をプロダクションは使う気なのだろうか。夜のシーンで、トッド夫人の家を背にチェルシーアルバートブリッジを横切っていると、その時カメラは回っていなかったのだが、ヒューが言った。「ほら、クレーンカメラを使っていますよ。それにクラシックカー数台、時代考証された衣装を着たエキストラもいますね。すごいですね。」

彼の言う通りだった。私は役作りに気を取られていたので、これらのことにこの時初めて気付いたのだ。ヒューがこのことに気付いてから、私はますます緊張してきた。何せこの莫大な予算と期待が私の肩にかかっていることが分かってしまったのだから!