chapter 4-2. 退屈、とか、一般受けしない、とかそんなことにならないだろうか

「ミューズ街の殺人」の撮影が終わるとすぐに4作目「24羽の黒ツグミ」の撮影に入った。

このころになると、Twichenhamでの撮影が私のスケジュールのすべてになっていた。毎朝6時半に家を出て、Pinnerに帰るのが夜の八時半か九時。

1988年の7月からクリスマスまで、シェイラと子供たちは、私と一緒にいる時間がなかった。家に帰ってからも翌日の撮影に向けて、セリフを覚えなければならなかった。

その頃には、前日にセリフを全て覚えるのはとてもじゃないが無理なので、二週間前にはセリフを一通り頭にいれておくことにしていた。

 

ドラマの終盤でポワロは主要な登場人物を集めて、もちろんヘイスティングスジャップ警部もそこに含めて、事件について正確に説明しなければならないので、セリフも多くなりそこが大変だった。

なので毎日撮影が終了した後に、長い長いスピーチを自主練習しているような感じだった。ある時は撮影の間中、終盤のセリフを眺めていたのだが、覚えていても、撮影前日にはすべて忘れているのだった。

 

ポワロが事件を解決するシーンでは一言一句間違えないように気を付けた。また、事件が解決されるシーンには、長台詞とは別の問題もあった。それはポワロの問題でもあり、俳優としての私の問題でもあった。

 

クリスティは犯人が分かる終盤のシーンで、ポワロに芝居がかったようなしゃべり方をさせている。

ポワロは犯人が分かっており、事件について説明しながら部屋の中を歩き回る。

そして実際には罪を犯していない人が犯人であるかのようにしゃべり、無実を証明する。この効果によって、真犯人が明らかになる過程がスリリングなものになっていく。

 

つまりこのシーンではポワロも「演じている」のである。

 

事件解明の場に集まった人たちを動揺させ、犯人を明かす、それがこのシーンの肝である。

ポワロは私以上に俳優なのである。