Chapter 6-2. 彼はもっと人間味にあふれている

ポワロは出されたゆで卵をウェイターに下げさせる。ポワロは卵のサイズにこだわる、というふうに私はこのシーンを演じている。

この第二シリーズでは、ポワロのこだわりがちょっとばかり奇妙に映っても、できる限り人間らしさがあるように演じるように心掛けた。

そうすることで、第一シリーズでは描けなかった温かみを持った人間らしさを表現できると思ったのだ。


Clive Extonの脚本は大いに助けになった。今回のシリーズでは、ポワロの挙動に関してくすりと笑えるようなエピソードも入れたいと彼は考えていた。

ポワロを滑稽な感じにすることは避けなければならないが、そういう試みは私は大歓迎だった。原作のポワロはそういう男で、そこをちゃんと表現したかったからだ。

またCliveは、ジャップ警部ヘイスティングスを、堅物すぎないように書いていた。

そのおかげで第一シリーズよりも、彼らはポワロに対して親しい感じに仕上がっていた。


私はポワロがもっと人間味にあふれた人物として演じたかったのだ。視聴者に、ポワロがどういう人物なのかをわかってほしかった。

そうすれば、登場人物たちがなぜこの小男にいろいろと告白してしまうのか、ということが分かってもらえると思ったのだ。ポワロはどんな人に対しても常に礼儀正しく、また我慢強く話を聞くので、人々から好感をもたれる。


これは持論だが、聞き上手な人は、好感を持たれやすい。このことをドラマで表現したかった。

「聞く耳」を持っている人ほど、素敵な人はいない。

ポワロのリスト27番目に「非常に優れた聞き手。時には石のように寡黙。しゃべらさせるために」


地位や階級とは関係なくあらゆる人の話を聞き、会話を持とうとしているのだ。

これはクリスティの作品で後年になるにつれて顕著になる。ポワロはシャーロック・ホームズのように、裕福だが無知な大金持ちや警察官を相手にこれ見よがしに説明してみせることはしない。

ポワロは人間関係に非常に気配り、どんな時も思いやりをもって人に接している。


ポワロが登場人物たちを喜んで迎え入れている様子を見ると、視聴者は彼に対して親愛の情を持つのだ。ポワロは登場する人物の誰をも丁重に扱うので、彼はフィクションの探偵だが、尊敬の念をもたれる探偵になりえたのだと思う。

ポワロはそうすることのメリットを知っている。批評家でさえもポワロを『親愛なる友』と呼んでいるではないか。


ポワロのそういうところを表現したいと思っていたので、批評家Dany Margoliesが次のような記事を書いてくれた時は嬉しかった。

「スーシェの演じるポワロには結構な矛盾があって、そこがポワロの魅力になっている。ポワロはかなりのえり好みをするし、完璧主義なのだが、スーシェは細心の注意を払って演じることで、好みにうるさい性格さえも、人としての魅力に昇華させている。このポワロは素晴らしい。一緒に飲みにいきたいくらいだ。」


これこそが第二シリーズで表現したかったことだった。ポワロを裁判官のようにではなく、視聴者にとって気軽にお茶にでも誘えるような、そして困っている時には必ず助けてくれるような人として演じたかったのだ。

「エンドハウス怪事件」から、そのように演じることができたと思う。


「エンドハウス怪事件」はクリスティのストーリーテラーとしての本領が発揮される作品で、読者も視聴者も予想していない展開が繰り広げられる。普通なら見過ごしてしまうような出来事が本当は手がかりなのだが、クリスティはまったく別のことに上手にミスリードさせる。

これはまるで手練れの手品師のようでもある。クリスティは誰もが考え付かなかったような結末を用意している。


数百万人に見ていただくことになったポワロを演じていて何なのだが、実を言うと私は一度も犯人を当てられたことがない。クリスティの叡知に私は遠く及ばないのである。


ミス・バークリーの遺書を読み終わった後に開かれた降霊術の会で「エンドハウス怪事件」が終わる。ポワロは殺人犯を特定するために降霊会を開き、ミス・レモンを会のために呼び寄せる。

降霊会の参加者は犯人のめどは立っておらず、ポワロが犯人を当ててくれるのを待っている。

そこで、徐々に事件の真相がかっていき、犯人が分かる、という仕組みである。ポワロがあまりにすべてを把握していたのが明らかになったとき、犯人がポワロを「愚かな小男」と表現し「何もわかっていない」と言い放ったことで、ドラマの終わり方はとても印象深いものとなった。


「The Ghost Train」の著者でありBBCテレビ「Dad’s Army」のスター俳優でもある、脚本家兼俳優のArnold Ridleyは今回のドラマで、1940年代のFrancis L Sullivanをポワロに当てはめた。

1940年5月にVaudevilleシアターで開演し、好評だったにも関わらず23公演しか上演されなかった。ダンケルクに近いフランス沿岸部に囲まれたイギリス兵たちはもっと別な演目が観たかったのだろう。


クリスティは「エンドハウスの怪事件」で『軽いトリック』を読者に仕掛けている、それは登場人物が死んだと見せかけて、その後再登場させるやり方である。

この手法をクリスティはよく使うようになる。脚本家がこういった話の展開をこれ以降も使うだろうな、ということは想像できた。なにしろ70作品もあるのだ。

だからと言ってドラマが退屈な展開になるとは思えなかった。ポワロは事件を解明し、犯人をあてなければならないし、もっと大事なのは、動機を解明せねばならないのだ、犯人は何を考えていたのか?と。


ポワロがどうしてそのような結論に至ったのか、というのが視聴者の一番の関心ごとではないだろうか。

クリスティは、小説の中で読者が自分の「灰色の脳細胞」を使うようにと仕向けてる。読んでいると、色々なところにヒントや手がかりがちりばめられていて、それに気付くことができれば、犯人が分かるように書いているのだ。


第二シリーズの撮影が1989年の夏にさしかかると、クリスティのそういった仕掛けに対して頻繁に気付くようになってきた。


そして、ポワロという人物は友人たちに対して非常に良き理解者であり、皆が自分を知っていると思っている男なのだと確信し始めた。

より人としての温かみをもって演じるようになると、ポワロという人物がよりはっきりとわかり、そしてとても親しみやすい人柄なのだと、考えるようになった。


ただ確信を持って言えるが、ポワロと私は全く同じなわけではない。

完璧主義というのはまったく同じだが、私のほうはポワロを演じるにしたがって、ポワロのほうに近づいていったような感じだ。

しかし、ポワロのうぬぼれは、間違っても私にはない。私は俳優だが、そういった虚栄心はない、と思うし、持たないようにしている。


シェイラと私が「レパートリー俳優症候群」と呼んでいるものに、私は手を焼いている。イギリスの田舎で忘れられない経験をしたのだが、次の仕事は来るのか、俳優の仕事で食べていけるのか、まったくわからなかった。今だってその時と変わらない。


この第二シリーズだって、どうなるかわからない。Pinnerの家に住み続けることができるのかどうかもわからない。


だが、今回「エンドハウスの怪事件」が撮影されたことで、私もポワロもテレビシリーズ化に望みがあるように思われた。

なにしろ長編のドラマ化だし、そしてほとんどがロケで、ヴィンテージ物の航空機を取りそろえられたことからわかるように、何より予算だってだいぶんと豊かになってきているようだった。

撮影の回数を重ねるごとに、「たぶんシリーズ化されるだろう。ロンドンウィークエンドテレビは一話につき1時間以上取るように求めてきたし、そうなる」と考えるようになった。


だが、やはりポワロはお金の心配をしていたのだった。第二シリーズ3作目「消えた廃坑」で、自分の銀行口座の残高についてやり取りするシーンで「お金のことで馬鹿にしてもらっちゃ困ります」といい、常に自分の口座には44ポンド4シリング4ペンスになるように管理しているとポワロは言い張るのだ。

「二重の手がかり」で、ポワロは「もう終わりだ。」と言い、「引退の時期だ」とまで言う。数週間、一件も相談がなかったからだという。


彼が何を考えているのか、私はよくわかっている。電話が来なければ、俳優は仕事にありつけない。

そうすると、すぐに引退、という言葉が脳裏をよぎる。「必要とされていないんだ。もう消えてなくなった方がいいんだ」私も役がない時はそういう風に暗い毎日を過ごしていた。

「落ちぶれるなんてまっぴらだ。モスブロスをやめなきゃよかった」と。


稼げないから引退する、という感情は私もポワロも同じだが、「変装」が好きなのも一緒である。

性格俳優なら、役になりきるのに衣装は欠かせない。ポワロだって、自分を表現するのにあの衣装は大事だし、時には事件解決のために変装することだってあるでなないか。

第二シリーズ二作目「ベールをかけた女」で、そのことがよくわかる。ポワロはベールをした謎めいた女性から、ロンドンホテルでの面会を申し込まれる。

その女性は自分がレディ・ミリセント・キャッスル=VaughanでSouthshire公爵と結婚したばかりなのだと明かす。演じたのはフランシス・バーバーだ。レディ・ミリセントは数年前、当時付き合っていた男性から、自分が書いたラブレターがもとで脅迫されているという。

ヘイスティングスが「下衆なブタ野郎」と言い放つ、その元恋人の名前はラビンガムという。


その哀れな女性を助けるために、古めかしい自転車にのり、黒いベレー帽まで被ってポワロは錠前職人になりすまし、レディ・ミリセントの名誉を守るためにその脅迫状を携えて、ウィンブルドンにあるラビンガムの屋敷に忍び込んで、ラブレターを見つけ出そうとする。この試みはまったくうまくいかないばかりか、挙句に逮捕されてしまい、ジャップ警部が助けてくれるまで豚箱に入って居る羽目になる。

ロンドン自然史博物館ではポワロ、ヘイスティングス、そしてジャップ警部を巻き込んで、ハラハラドキドキな追跡劇まである。