Chapter 6-3. 彼はもっと人間味にあふれている

次作の「消えた廃坑」では、ホワイトヘイブンマンションでモノポリーを対戦し、ヘイスティングスに負けてしまう。

ポワロの得意なお金の問題が、この回の肝になってくる。ヘイスティングスが大負けして、ポワロが勝つまでモノポリーをやり続ける。ポワロの銀行口座は貸し越しがあるというのだが、ポワロは絶対にそんなことはあり得ないと言って、私自身もそうならないようにしているのだが、ついにはアンソニー・ベイト演じる頭取が出てきてポワロに助けてほしいことがあるという。


この回では、立派なセットが組まれ、Twickenhamスタジオにチャイナタウンと中国風のナイトクラブが再現された。このセットを見て、ロンドンウィークエンドテレビは第二シリーズにいくらの予算を付けたのだろうか、と考えてしまった。

第一シリーズの1話50万ポンドを超えているのは確かだ。中国人の犯人ウー・リンもロンドンのイーストエンドでのアヘン密売も、当時大ヒットしたチャーリー・チャンの推理シリーズに影響を受けたものだ。


チャイナタウンを扱ったクリスティの作品は、1925年にアメリカの雑誌に「ポワロの冒険」という短編集として発表される。

チャンの長編小説「The House of a Key」も同年に発表され、アメリカの作家Earl Derr Biggersは約6年間、このシリーズを書いていた。ポワロのように、チャンはちょっとした癖はあるが、とても頭が切れ、公正で優しい探偵である。


チャンはアメリカでは定番の小説になり、約30年間にわたって映像化され、スウェーデン人俳優Warner Olandが演じることになる。チャンとポワロには、共通点がある。チャンは常に礼儀正しく、終盤では長台詞で事件を解明する。

次作「コーンワルの毒殺事件」ではチャイナタウンの生き生きしたロケがあり、ポワロは「コックを探せ」以来のイングランド中流階級の事件に巻き込まれる。

コーンワルからやってきたというアリス・ペンゲリーは、臆病とまではいわないまでも、かなり緊張した面持ちでポワロのもとにやってきて、歯医者である夫エドワードがいないときはどうもないのだが、共に食事をとるといつも胃が痛くなるのだと言う。

ペンゲリー夫人は除草剤を食事に混ぜられているのではないかと疑っていて、というのも半分カラにになった瓶が家にあるのだが、庭師は使ったことがないという。


ペンゲリー夫人は、夫はブロンド美人の助手とできているに違いないと言ったとき、ポワロはヘイスティングスに「なかなか厄介や人間模様ですね」と言う。


翌日ポワロとヘイスティングスはコーンワルのPolgarwithまで出向くのだが、夫人はすでに死亡していた。

そこにジャップ警部がやってきていて、すでに犯人は捕まえた、という。だがポワロは、ことはそんなに単純ではないと主張する。


次の3作の撮影順と、放送順は違うのだが、「二重の罪」「安いマンションの事件」「西洋の星の盗難事件」はどれも軽い作品で、実を言うと私はあまり満足のいく出来ではなかった。どれも物語に起伏がなく、他に比べて展開がないように思う。


「二重の罪」の最初、ポワロはまたも引退をほのめかして、ヘイスティングスと休暇でCharlock Bayを訪れる。そこでメアリ・デュラントという若い女性と出会うのだが、彼女は高価な骨とう品を御客様に届ける途中だと言う。


骨董品が盗まれてしまい、メアリーはポワロに探してくれるよう頼むのだが、ポワロは引退しているから、とヘイスティングスに捜査するように言うのだが、ポワロは「私に全部話してくださいね」とも言う。

「ブライアン」・リックス卿の妻である、Elspet Grayが車いすに乗ったメアリーの母親を演じた。Clive Extonの脚本はともかく、ホテルのダイニングロームで謎解きが行われたりしたが、この回の出来はイマイチだったと思う。


その名の通りの「安いマンションの事件」では、6年前にボンドシリーズでミス・マニーペニーを演じたサマンサ・ボンドと共演した。

ヘイスティングスの友人が二人出てきて、ロビンソン兄弟は、しゃれた街にある高級マンションの一室を格安で借りられている幸運が信じられないという。

ポワロは近くのマンションの一室を借りようとすると、マフィアが盗んだ潜水艦の設計図を秘密裏に探しているFBIと出くわす。FBIはジャップ警部にその件を解明するようお願いするが、解決したのはポワロだった。


「西洋の星の盗難事件」はクリスティの作品でも駄作である。

ポワロが敬愛する、美しきベルギー人女優マリー・マーベルが、「西洋の星」として知られるダイアモンドを返すようにという脅迫状を受け取った。「西洋の星」はかつて中国の神様の左目だったという。

またイギリス貴族ヤードリー卿の妻が「東洋の星」と呼ばれる似たようなダイアモンドを所有していて、同じように脅迫状が届いたという。

ポワロはヤードリー卿夫妻に会いに行くのだが、ダイアモンドは盗まれてしまう。ロンドンに戻ると、「西洋の星」も盗まれているのだった。ポワロは憧れの女優マリー・マーベルに会えることでウキウキしていて、これがクリスティのミスリードの一つになっている。

ポワロはダイアモンドの追跡劇に興味を持っているが、私自身この演技には納得がいっていない。


「西洋の星」の回では、ヘイスティングスに夕食を供するシーンがあって、ポワロの料理に対する情熱を表現する機会となった。

ポワロは食事の間、いい食材を調達するのがいかに大事で、今回そうできたことが嬉しいということを喜々として語る。

それによってポワロの個性を表現することができたと思う。ただ、このシーン以外ではミス・マーベルに対するポワロの判断は納得がいかなかったし、私自身この作品についてあまりいい感想を持っていない。

ポワロのことを1次元か二次元的にしか捉えない人がいるが、そういう人は原作を一度も読んだことがないことがほとんどだ。原作を読めば、3次元の彼がいることにすぐ気づくはずだ。

彼を演じる時はいつでも、表面的なことだけではなく、クリスティが書いてきたポワロの内面について、きちんと表現できるように気をつけている。


アンドリュー・グリーブは第二シリーズで、1時間作品の「ダベンハイム氏の失踪」と「誘拐された総理大臣」のディレクターを務めてくれ、一緒に仕事がするのが楽しかった。

「誘拐された総理大臣」は大好きな作品の一つで、ポワロがたとえ体制側を敵に回しても自分の主張を曲げないことを表現できた。アンドリューはこの二つについて深く読み込んでいて、ポワロの尺について私と話したがっていた。

アンドリューはポワロのキャラクターを掘り下げることに同意してくれた。

「ダベンハイム氏の失踪」はとてもいい出来で、ヘイスティングスジャップ警部と一緒に手品を鑑賞しているシーンで始まる。この回で手品は何らかの形でずっと関わっている。

銀行家マシュー・ダベンハイム氏は、ある日の午後、オフィスから帰宅して、手紙を出しに行く途中で行方不明になる。ポワロはマンションの自宅に居たまま、警察よりも早くにこの事件を解決できる、とジャップ警部に言う。

この回では、ポワロはホワイトヘイブンマンションでくつろぎながら、手品の種明かしを喜々としてしゃべっていて、またトランプでタワーを作る方法も嬉しそうに語っている。ヘイスティングスに説明しながら「ノン、モナミ。私は耄碌なんてしていませんよ。気は確かです。指先に神経を集中させるのです。そうすると脳にもその刺激が伝わるのですよ」


トランプのタワーを作るのに、専門家の方からいろいろと助けてもらった。面白かったのだが、私は手品師には向いていないな、と思った。


困ったことにポワロは鳥嫌いなのに、話し好きのオウムを飼っていることがある。一方

ヘイスティングスはSurreyで開催されるブルックランドの自動車レースにでて、自分の自動車レース欲を満たそうとしている。この面白い脚本を書いたのはデイビッド・レンウィック。

彼はこの後すぐ、BBCテレビの大ヒットコメディ「One Foot in the Grave」を書いている。「誘拐された総理大臣」で、アンドリューはポワロが自分にものすごく自信を持っている様を描いている。

この話はアメリカで出版された12の短編集「ポワロの冒険」の一つで、1923年の4月、ロンドンのスケッチ誌で発表された。


第一次世界大戦終戦直後のベルサイユ平和会議がもとになっていて、ドイツの再軍備を回避するためのパリ近郊で開かれる国際連盟軍縮会議出席するため渡仏していた英国首相が誘拐されてしまう、という事件だ。

お抱え運転手だけを従えて、首相はブールージュ息のフェリーに乗船し、フランスに到着したのに行方不明になる。イギリス政府はポワロに首相の捜索を依頼する。


ここでポワロが船酔いする体質なのが表現されている。原作でも「海なんてまっぴらごめんです。Mal der mer. ああ怖ろしい!」とヘイスティングスに言っている。

フランスに行くための軍艦に乗るのも嫌がって、事件をイギリスで解決して見せる、と言う。ヘイスティングスも国会議長も納得していないが、ポワロはフランスを行く気はさらさらない。


事件を解決するのに大事なのは、事件が起こった時間に戻ることだという。

原作でも「優秀な探偵はそんなことはしないのです」と言っている。「あなたの考えはわかっていますよ。もっと精力的にならねば。緊急事態だ。汚れた道端に寝っ転がって、小さなガラスの破片とか、タイヤの跡を探すべきだ。たばこの吸い殻や使用済みのマッチを集めてなければ、と?そう思っているのでしょう」


ポワロはそういう捜査方法に全く同意していないし、クリスティも原作でポワロに言わせている。

「『ですがね、私、エルキュール・ポワロは、そんなことは必要ないのです。本当に必要な手がかりは、ほら!ここにあるのです!」ポワロは自分のおでこを指でたたいて見せた。『すべては灰色の脳細胞が知っています。静かにひそやかに灰色の脳細胞は仕事をしています。ああ、地図が必要ですね。私は、ある地点を指さしますよ。そう、そうですね。首相はここにいますよ!そうこれがポワロです』


ポワロは回が進むにつれてこういった推理方法をとるようになる。「誘拐された総理大臣」ではポワロと私の新しい共通点が分かった。それは、イギリスの階級制度への疑問、である。


クリスティは作品を通して、イギリス上流階級とその慣習について、時には面白おかしく、批判している。ポワロのリスト62番目は「イギリスの階級制度が大大嫌い」


紅茶のことを「イギリスの毒」と呼び、上流階級同士で栄誉を称えあうような集まりに呼ばれても参加することには慎重だ。それは、私も同じだ。


ポワロはベルギー人で、第一次世界大戦時の移民である。イギリス特有のマナーや服装についてポワロは学んでいて、自分にとってはなんだか奇妙な恰好でも、ハーレー街の医者のような恰好になるように考えていたはずだ。

そんな彼だが、「good chap」と呼ばれる特権階級については全く同意していないようだ。私もそうだ。「good chap」を許容する傾向があることに対して、ポワロはためらうことなく毒づく。


ポワロは正しいと思う。なぜそう思うのかは説明できないが、私はロンドンに生まれているにも関わらず、自分の両親に関係しているためか、または疎外感からくるものだと思う。

ともかく、ポワロの上流階級に対する批判的な態度が第二シリーズでは描かれ、これが今回のドラマの核心部分になっていると思う。

リストの55番目「イギリスの『特権』が嫌い。イギリス人は愚かだと思っている」