着崩しに関する雑感

林望著「あばら家の姫君」で紹介されていて知った俳句
「さしぬきをあしでぬぐ夜や朧月」
与謝蕪村



青の矢印で示しているのがさしぬき(指貫)
山内直実氏のTwitterより拝借いたしました


林望氏は
この俳句を、面倒くさがって足で指貫を脱いでいるところ、なんて解釈してる奴らは
情緒を解しないトウヘンボク
と書いておられる(私の曲解)

この貴公子はその腕に愛しい姫君を抱いているのだよ、
というのが林望氏の見立て


私はといえば、林望氏の解説を読んでなお
ふぅん、という感想しか持たず
「さしぬきって足で脱げるような構造なのね」
っていう感想しか持たなかったトウヘンボクの極み。。。
俳句を読めるような風流人に、
私は決してなれないだろう。。。


ジャパネスクの登場人物は
着物を着崩すことなく、みんな始終ピッチリ着込んでいる
若いのになあ。。。

そういえば、コミック版の「高彬のジャパネスク・ミステリー」の扉絵で
山内直実氏が回を重ねるごとに
「高彬を脱がせていったんですよ! オーホッホ」
と仰られていたなあ。。。

「ジャパネスク便り」で、その扉絵を並べて下さっているのですが
これは着崩してる、という感じではなく、下着姿というか、寝間着姿になっていってる、という感じ。

なので、この扉絵シリーズ、
高彬が「脱がされて」いることに、
私は「最後まで気付かない人」に分類される自信があるよ。。。

つまり高彬は「脱がされている」扉絵でさえ
着崩してることはなかった、という。。。


話を戻すと
一方で、「ざ・ちぇんじ!」の登場人物は
家にいる時はそれなりに着崩している

あ、山内直実氏の漫画版の話ね

着崩すというか、
怒りのあまり、襟元がはだけて、いや、ずり落ちかけている綺羅姫(男)

女性の着物をこんなにはだけさせているのは
後にも先にも、綺羅姫(男)だけです


私は着物を着用する機会があるけれど
着崩すくらいなら洋服に着替えてしまう

平安時代の彼らは洋服に着替えるわけにいかないので
リラックスする時はやはり着崩すしかないんだろう

リラックス、というか
綺羅君(女)への想いを馳せて物憂げな宰相の中将

襟合わせが緩んでいるのが分かる

「ざ・ちぇんじ!」で一番着崩しているシーンが多いのは、宰相の中将のような気がする
似合うんだよねえ、これがまた。。。


さいとうちほ氏の「とりかえ・ばや」では
沙羅双樹の、というか睡蓮の形式上の妻
四の君が、睡蓮が烏帽子を被るのを手伝ったりしていて、なるほどなあ、と思って読んでいた

現代なら旦那さまのネクタイを奥様が締めてあげてる、みたいな感じかと、面白かった

ちなみに私は
旦那さまのネクタイなんか締めたことないし
ワイシャツにアイロンをあてたこともありません


いやー、綺羅君(女)みたいに
自分のことは自分でできる人って素晴らしいよねぇ(目をそらす。。。)

綺羅は妻の左大臣家では、着替えも最後に直衣をかけてもらうくらいで、そこまでは全て自分で着ている。もちろん、左大臣家では夏でも着崩さない(事情が違うけど。。。)

いっぽう「とりかえばや物語」の綺羅君(女)は、実家にて
夏のある日、あまりの暑さに
着崩すどころか薄物を引っ掛けてゴロゴロしている。。。

そこに宰相の中将が訪れてきて。。。
という展開になるのだが。。。

これから先は、私が書くと面白みがなくなるので
気になる方は、「とりかえばや物語」を読んでいただきたい

薄物というのは
源氏物語雲居雁が、これまた夏の暑い日に、薄物一枚引っ掛けて、家の中をウロウロしていて「はしたない」と注意された格好であります

確か、山内直実氏も瑠璃が薄物を引っ掛けているイラストを描いておられたけれど
(確かコミックスの裏表紙に載っていた)

見つかったのはコチラなので
参考までに貼っておく


瑠璃じゃなくてごめん。。。
山内直実氏のTwitterより拝借しております

指貫を足で脱ぐことにエロティックのカケラも感じなかったトウヘンボクの私も
この薄物にはさすがに、ドキリといたします

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