映画 ウォルト・ディズニーとの約束

トラバース夫人の子ども時代の回想シーンが出てくる度に涙がとまらなかった。これは私にまだ幼い子どもがいるので、過剰な感情移入が原因かと思っていたが、ネットの書き込みに、20台か30台とみられる男性が(ネットなので確かめようがないが)、回想シーンは涙が溢れてきた、とかいていたので、そういう映像になっていたのかもしれない。
切なさ、やりきれなさ、子どもであるがゆえの無力のいらだたしさ、そして父親への哀しい愛が映像に満ちていた。
メリー・ポピンズを世に送り出した後のトラバース婦人は実に嫌な人物である。児童文学の作者と思えないくらいに。飛行機に乗れば、赤ちゃん連れの女性に、狭い機内で泣かせないでちょうだいよ、等といい放つ。この母親が私だったら、絶対に子どもにメリーポピンズは読ませないだろう。
見かけもいかにも神経質で、センスの悪いパーマをあてている。口から出てくる言葉は常にネガティブでトゲがある。
こんな人物にもセンチメンタルな過去があったのね、ああ気の毒になどど思う暇もないくらいに、嫌な人物なのである。そういうトラバース夫人を演じきったこの女優はすごいな、と思った。ネットで、演じていない時の写真(おそらくヘアメイクに1ー2時間かけているだろう)では、美人である。同一人物に思えない、すごいな。
そして、この映画の一番の演技は、ウォルト・ディズニー役のトムハンクスが見せた。すごかった。トムハンクスが主演の映画はいくつか見たが、間違いなく1晩の演技だと思った。
といっても、ハンクスは熱演したのではない。契約まであと一歩のところでロンドンに帰ってしまったトラバース夫人を自宅まで追いかけて来たディズニーが彼女の向かいに腰かけて訥々と自分の過去を語る。そして、トラバース夫人が誰にも理解されなかったことを、ディズニーは淡々と語ってみせるのである。ディズニーはトラバース夫人の心に初めて触れてみせたのである。
自分の少年時代を語っても、ディズニーは涙を見せたわけではない。夜が更け行くロンドンの住宅街で、冷めていくブランディー入りの紅茶を前に、ただ静かに語ってみせたのである。
私はただただ凄い演技だとおもった。
トムハンクスはなんという俳優なのだとおもった。

私は、メリーポピンズの原作は読んでいない。でも映画はみた。まだ若いジュリーアンドリュースのソプラノボイスの美しい歌声と、そして非常に楽しい映画だった、ということしか覚えていないが。
ちなみにエミリーブラントのリターンもみた。ブラントの演技は素晴らしかったと思う。だが、作品としてはよくできた模倣品である。美女と野獣の実写版は、色々な点でアニメを越えていたが、リターンズにはそれはなかった。

だから、リターンズをみるより、このウォルト・ディズニーとの約束を観たほうがいい。
この映画は非常によくできている。